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ネタバレ上等 シン・ゴジラ雑感

シン・ゴジラ信者爆誕、あるいは初見でのネタバレを避けるための雑文

私は実はゴジラをよく知らない。
白黒フィルムの初代ゴジラが地上波放送で見られるほどには早く生まれていなかったし、1984年以降のゴジラもテレビで見た記憶がかすかにあるかな、ああ、沢口靖子…位の適当な知識しかない。オタクの一般常識として、雑な知識はあるが、それらは主にゴジラをモチーフにしたアニメやマンガのパロデイに触れることで身についたものだ。

そんな中で私の「ゴジラ」のイメージを形作っているマンガを上げるとすれば、よしもとよしとも氏の「東京防衛軍」とむらかわみちお氏の「ジェーン」であろうか。どちらもバブル末期の気分を「ゴジラ的なもの」を通して描いた作品で、どちらも大好きだ。

大概にしてアニヲタで、実写映画はここ数年でちゃんと見るようになった人間のため、庵野秀明氏の実写作品はラブアンドポップ、式日キューティーハニーとも未見であるし、「癖が強い」「アレが面白いのは庵野信者だけ」のようなノイズに流されて、観てもいないのにまあ観なくていいかあくらいに思っていた。アニメは当然トップもナディアもエヴァカレカノも観てるけれども。

で、シン・ゴジラ

公開初日、私の回りでは数人すでにシン・ゴジラを絶賛していた。ただしその数人はいわゆる「庵野信者」であったため、私は真剣にその評価を聞いてはいなかった。「まあ、でも、ホント、観たほうがいいよ」私はそのうちねー。その前に帰ってきたヒトラー観なきゃいけないしさー、的な返事をして躱していた。

あれ、でもなんだか様子がおかしいな。そう思い始めたのは公開最初の週末、7/30であったかと思う。なんだかツイッターのタイムラインがシン・ゴジラのことでざわめいている。何人かが「とにかくネタバレ前に観てほしい」と熱く訴えている。トドメは島本和彦氏の一連のツイートだ。

togetter.com

特にこのツイートが決定的になり、私は札幌に出張中の体を無理やり空けて、シン・ゴジラユナイテッド・シネマ札幌(おそらくは島本氏がシン・ゴジラを観た劇場だ)で観ることにしたのだった。これはもしかして、感想に雑音が入っていない今を逃してはならない作品なのではないか。

 

観終わった私はいまやすっかりシン・ゴジラの虜だ。サークル合宿でダイコンフィルムを、トップをねらえ!を強制鑑賞させられた時のように、TVシリーズのエヴァンゲリオンを観た時のように、旧劇場版のエヴァンゲリオンを観た時のように、庵野秀明氏の手のひらでくるくると踊らされてしまう日々がまた戻ってきてしまったのだ。

「東京防衛軍」「ジェーン」から引用したのでは?と思えるようなシーンやセリフが嬉しかったし、2016年という時代の空気を描いているところも共通しているように感じた。そして、シン・ゴジラには何より、希望があった。私はおそらくその希望に心を奪われているのだろう。

駒として働くことの喜び

娯楽映画に、作品上で明示されない真意や社会的メッセージを求めることに意味は無い。確かにそのとおりだろう。しかし、受け取り手はどうしても、何らかの意味を重ねて、自分なりの読み解き方をしてしまうものだ。だから私があの作品から読み解いてしまった内容をだばあと吐き出すこの文章は、私を映す鏡でしかないし、正解でもなんでもないだろう。と留保をしておく。

ぶっちゃけ、巨災対のメンバー超楽しそうだったよな!どうせ毎日クソみたいに仕事しなきゃなんないならああいうふうに仕事したいよな!

巨災対のメンバーがあれだけ仕事に打ち込んでいるのは、明確な目標を与えられて、それに没頭しているからである。
人間というものは社会集団を営むように淘汰圧が働いているので、リーダーに明確な目標を与えられて、それに邁進することに、喜びを感じる生き物なのである。よく、「一人ひとりが経営者視点で物事を判断し」とか「やらされ仕事は良くない、自発的に参画し」とか言うけどさ、そんなもん、判断なんてストレスかかること、生まれつき強いメンタル持ってるやつリーダーにして任しておいたほうが仕事の効率上がるやんけ。やらされ仕事結構よ?そのことによって自分が何かの役に立っていると実感できるなら、組織の駒で構わんのよ。
巨災対のリーダーである矢口蘭堂は、省庁間の縦割り、役職、そういったものは一切気にしなくていい環境をメンバーに与え、明確な目標を定め、それに対して全力を持って対することだけを求める。メンバーは指示通りに全力を持って巨大不明生物による災害の対応にあたり、その結果報告によってリーダーが新たな目標を定めてくれる。状況を判断し、決断し、責任もキチンと取ってくれる。時には頭も下げてくれる。
ある意味、何らかの組織に所属して働く者の理想郷だ。
彼らの仕事が結実する終盤に、爽快感や高揚感を感じた人、自らの職務遂行もかく有りたいと思った人は多いのではないだろうか。

なぜ矢口蘭堂が主役でなければならなかったか

本作品の主役である矢口蘭堂は政治家、より詳しく言えばおそらく当選4回か5回目の衆議院議員だ。脱線するが矢口や赤坂を「官僚」と思ってる人、シン・ゴジラを「官僚が大活躍する映画」だと思っている人はほんと中学の公民からやり直してほしい。同じ国家公務員でも議員バッジつけてる人とつけてない人とでは決定的に違うからな。そう、何が違うかって言ったら、国民に選ばれてその職に就いているか、試験を受けてその職に就いているかが決定的に違う。
矢口は選挙によって国民に選ばれ、主権の行使を委任された、日本国民の、すなわち我々の代表なのだ。選ばれてなければ、あの場所には存在できてないのだ。ニッポンがゴジラとその国力を持って対峙するとき、我々の代表は、我々日本国民が選挙によって主権を信託した人物でなければならなかったのだ。
そのように見た際、矢口、赤坂、泉を始めとした切れ者の若手議員たち、初動にミスを犯すも事態の急変につれ全力で事にあたる大河内内閣、大河内内閣の悲劇を受け組閣された里見内閣、彼らが「東日本大震災の時にこうであって欲しかった政府」の投影とみられるのは必然だし、2016年現在の政治状況を鑑みるに、矢口たちが理想的であればあるほど、現状に対する風刺、ブラックコメディーとなるのも必至だろう。
だが風刺の対象は本当に「政治状況」だろうか?
その「政治状況」を生み出したのは誰なのだろうか?私達はなぜ、大河内総理や矢口蘭堂のような人物を、選挙で選んでいなかったのだろうか?
私たちは、「主権を委託する」ということに鈍感になりすぎてはいないか?
政治という面倒事を、政党が用意する候補者に委託する。なんだか気に入った候補者がいなければ、投票に行かず主権を委託することすらやめてしまう。なにもないときはそれでもいいかもしれない。でも、国に重大時が起こった時は?政府を批判するのはいい。でも、その人達を選んだのは一体誰なんだ?
選ぶに足る相手がいないことに対して、ただ嘆いたり冷笑したりではなく、その選出のプロセスまでコミットしたか?本来なら、主権を預けるにふさわしい人物が候補になるところまで、私たちはコミットするべきではないのか?
この映画の政治家たちが理想的なのは、すなわち現状の私達一人ひとりに対する風刺であり戒めなのだと、強く感じる。

まあでもバランス取らないと落ち着かないんで

光あるところに影はあって、日本的組織論はうまくいかないこともとっても多い。
古くはこの名著とか

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最近だともう断然これ。

東芝 粉飾の原点

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あと矢口はさー、確かにすげー切れ者だし責任感強いしタフなメンタルだけどさ、あいつちょっと危ういものを感じなくもないんだよねー。総理就任の目標は10年後らしいんで自覚はあるっぽいけど、なんかもし万が一シン・ゴジラの続編ができるとしたら、逆シャアのシャア見たく闇堕ちしてんじゃないかと思って、まあそういう妄想考えてるのもまた楽しいんだけどね。

最後にシン・ゴジラの手放しで素晴らしかったところ

・里見総理代行めっちゃいい。里見さんが出てくるところで、すごく映画の流れに緩急がつく。あそこにゆったりした時間を取るために早口爆弾が炸裂してる気さえする。
・赤坂も決して早口でまくし立てない人なんで、ああ、器が違うよなあと。アレは次期内閣で総理行きますわ。
・なんといっても泉ちゃんが良くて。閣僚ポストじゃなくて党三役を要求するところとか、もう矢口のために骨を埋める覚悟だよな。キングメーカー志向があるんだろうが、その相手が矢口というところがたまらないね。
・千代田・港・中央区が壊滅するとこほんと怖かったしもうやめてーほんとやめてーて思った。
石原さとみは最高だと思います、てかあの役菊地凛子やTAOがやってたら英語が下手とか言われることはねえと思うけど、それ重すぎるでしょ。映画のバランス的に。だからいいんだよ。どうせアメリカで公開なり販売なりされるときは吹き替えなんだからさ。
自衛隊の武器は撮影時の諸元を必ず超えていないんだけど、だからこそ御殿場のMLRSが武蔵小杉のゴジラを誘導爆撃するときに魂が震えたわ。
・無人在来線爆弾。

 

こちらからは以上です

 

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

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東芝 粉飾の原点 内部告発が暴いた闇

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